崖の底へと落ちる夢は、リーナの記憶なのだろうか。
「リーナなのか?」という湊の言葉に期待を垣間見て、芙美は口をつぐんだ。やっぱり今でも彼はリーナの事が好きなのかもしれない。
もし本当にリーナの生まれ変わりならと、会った事のない彼女を自分に重ねてみるが、湊や智よりも強い魔法使いだなんてどう考えてもありえない。想像する事すら恐れ多い気がして、芙美は「ごめんなさい」と謝った。
気まずい空気を振り払うように、湊が「そうじゃないよ」と頭を下げる。
「荒助さんを困らせたい訳じゃなくて、そんな可能性もあるのかなって少し思っただけだから。俺の方こそごめん」
「ううん、大丈夫だよ」
湊は、もしそうなら良かったと思っているのだろうか。折角2人きりなのに、要らない答えばかりを想像してしまう。芙美は苦しくなる感情を胸の奥に閉じ込めて、「お昼にしよう」と促した。
持ってきた弁当を食べ終えると、また睡魔が襲って来る。寝てしまうのは勿体ないけれど、流石に二時間程度の睡眠では身体がもたないらしい。大あくびを我慢したところで意地を張って起きていることもできず、「ちょっと動いて来る」と立ち上がった湊に手を振ると、芙美は太い木に寄りかかって静かに目を閉じた。
☆
湊の動く足音と風が心地良い。
またリーナの夢が見れたらと思うのに、何もないまま眠りから覚めた。ぼやけた視界に、剣を振る湊の姿が飛び込んでくる。相変わらずの木の棒だけれど、真剣な彼の表情に思いが込み上げた。
「好き……です」
彼に聞こえないように、そっと呟く。耳に届いた自分の声に恥ずかしくなって、唇を手でぎゅっと押さえた。リーナの記憶なんてない。彼の期待に沿うことのできない現実に、このまま時間が止まってしまえばいいと思う。
けれど湊はすぐ芙美に気付いて剣を下ろした。
「おはよう、荒助さん。ちょっとは寝れた?」
「うん。湊くん、おはよう」
「結構時間も経ったし、そろそろ戻ろうか」
立ち上がって時計を見ると、もう普段の下校時刻を過ぎていた。楽しい時間なんてあっという間だ。
本当は帰りたくない気持ちを込めて「うん」と頷くと、湊は側に来て「荒助さん?」と芙美を伺う。
「さっきのこと気にしてる?」
芙美がリーナかもしれないという事だろう。寝てる間ずっと考えていたのだろうか。
芙美は「ううん」と首を振る。
「そうだったらいい